タンシン アキナイノユメヲツナグ
丹心 商いの夢を紡ぐ
伊勢丹二代小菅丹治の経営哲学
発売日 2026/02
判型 四六判 ISBN 978-4-336-07711-0
ページ数 368 頁 Cコード 0063
定価 3,080円 (本体価格2,800円)
伊勢丹百貨店の成功は、二代小菅丹治が、初代が座右の銘とした「丹心」(まごころ)を、不変の真理として受け継いでいたことの証であった。
大恐慌、関東大震災、太平洋戦争。激動の時代昭和三十五年一月、伊勢丹百貨店は月間売上高第一位を記録した。
「逆境におかれた時にこそ真に商人としての価値がわかる」「商人は質素清廉が要」「百姓の苦しみを知っていたから成功できた」
震災で資産を失いながら信用を元手に新宿に進出。二年にして伊勢丹百貨店は大百貨店に飛躍した。「新宿進出は無謀という声が多かった。のりきれたのは仁の道を外さなかったから」
本書は、伊勢丹二代小菅丹治本人の残した言葉、行動、社員にかけた言葉、関わった人々の回想からその人物像を描き、不屈の商人魂とその経営哲学を紹介する。稀代の商人伊勢丹二代小菅丹治の生涯を描いたノンフィクション。
飛田健彦 (ヒダタケヒコ)
1937年、千葉県松戸市に生まれる。1960年、成蹊大学政治経済学部卒業。同年株式会社伊勢丹入社、企画部広報文書係長、教育課長、秘書室広報文書課長、吉祥寺店次長、秘書室広報文書部長、 浦和店外商部長、株式会社イセタンモーターズ社長。1997年、株式会社伊勢丹退職。著書に『百貨店ものがたり』(国書刊行会)『山本宗二の商人道語録』(国書刊行会)など。
布で心を包む 小菅真理
一 二代小菅丹治誕生まで
渋沢栄一に私淑した幼少期
日露戦争で九死に一生を得る
伊勢丹呉服店に入る
義父から再教育される
初代の教え 店憲三綱五則の制定
帝国十業団計画の中止とその後
初代丹治の逝去と二代丹治の襲名
二 試練の日々
米価高騰による米騒動
大正大恐慌下の伊勢丹
関東大震災の発生
再建に向けての決意
信頼の維持に努める
三 百貨店転化準備時代
新宿への進出 二代丹治の回想
新宿進出にあたって
伊勢丹新宿店開店
ほてい屋の買収
増築完成記念大売出しに際しての訓示
二代丹治の店内巡回
月曜休日を実施
四 戦時下の伊勢丹
戦争が続く中で
苦難打開のための努力
社員の応召、徴用
出征社員の武運長久と無事を祈る
五 非常時体制下の伊勢丹
軍命令による海外進出
スマトラでの業務
物資の配給業務
飲食店の経営からお座敷まで
現地で雑貨製造担当の指名を受ける
敗戦による引揚げ業務
非常時体制下の伊勢丹
六 戦後の苦難
戦後の苦難
衣食足りて礼節を知る
売店を開く
二代丹治の人事採用方針
人をつくる
七 二代丹治の仕入れ方針
あるバイヤーの思い出
現場第一主義に徹せよ
売る事を知らざる仕入係はでく木偶の如し
仕入れ係の心掛け
泥鰌になるな
腰溜めで撃て
小取り増しでいけ
数字の裏を読め
仇をとったか?
本当の売り方を知れ
創意工夫について
八 発展を続ける伊勢丹
クリーニング業の開始
従業員組合結成
インフレ下での丹治の奮闘
株式会社改組二十周年と隣接地の買収
緑綬褒章受章までの苦労と喜び
九 全館接収解除の喜び
接収解除の喜び
改修工事の進行
業界一への道
顧客本位、商品本位
協力和合の精神
接収解除に際しての丹治の経営方針
十 全館改修祝賀式
日本一百貨店への第一歩
販売の任に当っては
商品について
事務部門について
委託業務その他お手伝いの方々へ
皆さまの伊勢丹
十一 ファッションの伊勢丹の土台づくり
「トウキョウ ファッション一九五一」の開催
季刊PR誌「イセタン・ブーケ」を発刊
バイヤーズ・マニュアルによるMD研究
婦人服イージーオーダーの隆盛
発展していく根本は人の力
十二 昭和三十年の新年始業式における二代丹治の挨拶
前年の業績について
きびしい経済環境に対処して
本当の商人として
競争にうち勝つ
和合・協力一致
至誠をもって各々の職責を果たす
十三 マーチャンダイジング(MD)の模索
服飾研究室の発足
子供服売場の試み
「神戸ファミリア子供服展示即売会」開催
ベビーショップの試み
業界初の「トータル・コーディネーション・ショップ」である「ティーン・エイジャー・ショップ」を作る
カジュアルショップの新設
カラーへの注目と素材の多様化
婦人ファッションショップの展開
婦人既製服サイズの研究
十四 将来への布石を打つ
増築工事完成「伊勢丹は楽しいお買物の散歩道」
食堂部門の分離独立
「社報いせたん」創刊と社長挨拶
地下鉄丸ノ内線の新宿開通
「日本一の百貨店」実現を前にして
十五 絶えざる革新の歩み
高度成長期における丹治の革新
合成繊維綿の布団「安眠デラックス」の開発
事務の機械化を推進
商品券の共通利用と十一店会
パーキング・ビルの建設
イタリアンファッションの導入
十六 その後の丹治
会長制を採用
丹治倒れる
二代丹治の逝去と葬儀
伊勢丹奨学会の設立
十七 二代小菅丹治の人と経営理念について
附 伊勢丹奨学会について 小菅真理
あとがき
参考資料
年譜











