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  3. 大乗非仏説をこえて

ダイジョウヒブッセツヲコエテ

大乗非仏説をこえて
大乗仏教は何のためにあるのか

大竹晋 著

発売日 2018/08

版型 四六判/上製 / ISBN 978-4-336-06269-7

ページ数 312 / Cコード C0015

価格 2,420円 (本体価格2,200円)

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  •      《末木文美士》《佐々木閑》《宮崎哲弥》
         3氏推奨!

     歴史的ブッダの死後500年ごろ(紀元前後)から出現し始めた大乗仏教は、その始まりから「大乗非仏説論」(大乗は仏説に非ずという論)に晒され、大乗仏教徒は、大乗非仏説論を厳しいトレーナー(教官)として、大乗仏教の存在意義を懸命に探し求めてきた。しかし、内外に問題をかかえたまま、新来の上座部仏教(テーラワーダ仏教)の正統性に追従する近年の日本の大乗仏教諸宗においては、大乗仏教の存在意義はもはや完全に見失われつつある。
     そのような状況にあって、本書は、大乗仏教に共感や関心を持つもののために、あらためて大乗非仏説論に真摯に向き合いつつ、大乗仏教の存在意義を明快に説きあかす。
     序論では、大乗仏教が、歴史的ブッダの死後500年ごろから出現し始めたというその疑わしい出自ゆえに、本質的に自己の存在意義を求めるよう運命づけられていることを確認する。
     第1章では、大乗仏教の起源について、前近代における「神話的大乗起源説」、近現代における「歴史的大乗起源説」を紹介し、最後に前近代における大乗非仏説論の歴史を確認する。
     第2章では、近現代の日本における大乗仏説論を、
      ①「直接的大乗仏説論」(大乗経は歴史的ブッダの直説である)
      ②「間接的大乗仏説論」(大乗経は歴史的ブッダの準直説である)
      ③「変則的大乗仏説論」(大乗経はほかのブッダの直説である)
      ④「超越的大乗仏説論」(大乗経は歴史的ブッダの真意である)
    に分類して紹介し、そのいずれもが〈成功していない〉ことを確認する。
     第3章では、大乗経が仏説であることは推理によっては論証できず、大乗経にもとづいて修行した者の悟りの体験によって自内証(個人的に確証)されるべきであるという「体験的大乗仏説論」を提示する。
     第4章では、大乗仏教の本質は、「歴史的ブッダへの回帰」ではなく、「仏伝的ブッダの模倣(まねび)」であることを確認する。
     第5章では、大乗仏教のアイデンティティは、他者を救うためなら仏伝的ブッダの故事にもとづいて敢えて歴史的ブッダの教えに反することすらやってのける、「利他ゆえの仏教否定」であることを確認する。
     第6章では、日本の大乗仏教のうち、かつて「何のためであろうと宗義に反してはならない」という原理主義に陥りがちであった一部の諸宗も、大乗仏教のアイデンティティである「利他ゆえの仏教否定」に復帰すべきことを確認する。
     第7章では、大乗仏教のブッダとその仏国土とが実在することは推理によっては論証できず、大乗経にもとづいて修行した者の見仏の体験によって自内証(個人的に確証)されるべきであるという「体験的仏身土実在論」を提示する。
     結論では、大乗仏教は歴史的ブッダの宗教(原始仏教、部派仏教)とは異なる宗教であること、大乗仏教徒は歴史的ブッダという権威に同調することを正義とする「権威主義」や、純粋な仏教にこだわる「純血主義」を捨て、歴史的ブッダの宗教を超える高貴な人間性や豊かな人間観にもとづいて、人類の無限の向上へと進み続けるべきことを確認する。
     経、律、論や僧伝を縦横無尽に使いこなし、的確な論証で原始仏教と部派仏教とに対する大乗仏教の存在意義を明快に説く、斬新な大乗論。

    内容紹介サンプル1

  •  まえがき
    序 論 大乗仏教は存在意義を求めずにはいられない
     一 はじめに
     二 仏教は一つの宗教であり得るか
     三 大乗仏教には存在意義があるか
     四 大乗非仏説は大乗仏教の恥部か
     五 存在意義をいかにして求めるか
     六 おわりに
    第一章 大乗仏教は出自を疑われずにはいられない
     一 はじめに
     二 神話的大乗起源説
     三 歴史的大乗起源説
     四 大乗非仏説論小史
     五 おわりに
    第二章 大乗仏教が仏説であることは論証できない
     一 はじめに
     二 直接的大乗仏説論
     三 間接的大乗仏説論
     四 変則的大乗仏説論
     五 超越的大乗仏説論
     六 おわりに
    第三章 大乗仏教が悟りを齎すことは否定できない
     一 はじめに
     二 体験的大乗仏説論Ⅰ 教門篇
     三 体験的大乗仏説論Ⅱ 禅門篇
     四 大乗仏教の悟りとは結局何か
     五 おわりに
    第四章 大乗仏教は歴史的ブッダへの回帰ではない
     一 はじめに
     二 大乗仏教歴史的ブッダ回帰説
     三 大乗仏教仏伝的ブッダ模倣説
     四 大乗仏教は結局いかなる道か
     五 おわりに
    第五章 大乗仏教は部派仏教へと還元可能ではない
     一 はじめに
     二 部派仏教へと還元可能な要素
     三 部派仏教へと還元不能な要素
     四 大乗仏教は結局どこにあるか
     五 おわりに
    第六章 大乗仏教は閉ざされた仏教ではいられない
     一 はじめに
     二 大乗非仏説は法華と浄土の問題
     三 法華と浄土はなぜ排他的なのか
     四 開かれた仏教と閉ざされた仏教
     五 閉ざされた仏教と大乗非仏説論
     六 閉ざされた仏教は開かれてゆく
     七 閉ざされた仏教は存続してゆく
     八 おわりに
    第七章 大乗仏教が加護を得ることは否定できない
     一 はじめに
     二 体験的仏身土実在論Ⅰ 仏身篇
     三 体験的仏身土実在論Ⅱ 仏土篇
     四 大乗仏教はあくまで宗教である
     五 おわりに
    結 論 大乗仏教は仏教を超えてゆかずにいられない
     一 はじめに
     二 大乗仏教は独立した宗教である
     三 独立は堕落の免罪符たりえない
     四 歴史的ブッダは上座部に任せよ
     五 大乗仏教は混血性を誇ってよい
     六 大乗仏教は何のためにあるのか
     七 おわりに

     略号
     註
     索引

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