ヒトウミンタンシュウ

比島民譚集

フィリピンの島々に伝わる話  

火野葦平 著
川上澄生 画

発売日 2024/01/17

判型 四六判   ISBN 978-4-336-07477-5

ページ数 256 頁   Cコード 0098

定価 2,970円 (本体価格2,700円)

【内容紹介】

可笑しくて悲しく、少し残酷。
戦争作家、火野葦平がフィリピン従軍中、「比島の民情を知るため」仕事の合間を縫って民話を採集し翻訳した、近いけれど遠い島々に伝わる奇妙な話。1945年に刊行されたものを復刊。

昔むかしのこと、まだ神々が人間と交わることを好んでいた時代に、一人の若い神がマジャの山に降りて来た。若い神はこれまで見たことのなかったほどの美しい者を見た。(きっと彼女は高貴の生まれにちがいない。)彼女の父は誰に娘をやったものか定めかねた。求婚者たちのうち誰がもっとも優秀であるかがためされることになった。(アモル・セコ草)

山々のかなたの人里はなれた村に、アボ・サコとよばれるひとりの老人が住んでいた。彼はいつも子供のように陽気で、子供たちと遊ぶのを好んだ。……村の年寄りたちは子供たちに彼と遊ぶことを禁じた。……「あなたはここでなにをしているのです」と仙女はたずねた。「私はここでしずかに死にたいと思って来たのです」(「アボ・サコ老人」)

若者たちがビリアンを嫁にほしいといって来たが、母親はいつも貧乏人よりも金持の方を好んだ。母親は、いつも「そんな男のところに嫁にゆくくらいなら悪魔を亭主にもった方がましだ」と答えていた。ある日、ビリアンが友だちにそう話していることを、悪魔がきいた。(「悪魔と風来坊」)

いっぴきの猿と、いっぴきの亀が川の土手に腰かけていた。一本のバナナの茎が流れて来た。「あのバナナの茎をひろって植えるのはよいことだと思わんかね」と猿がいった。「君は泳げるかね」と亀がきいた。「僕は泳げん」と猿はいった。「では、僕がバナナの木をとつて来よう。木は二人で山わけだ。」(「亀と猿」)

挿画は萩原朔太郎『猫町』の表紙画で知られる川上澄生。
付録「スペイン、メキシコ、フィリピン」井上幸孝
  「フィリピンの猿民話概説」辻貴志

【著者紹介】

火野葦平 (ヒノアシヘイ)

1907年福岡生まれ。本名玉井勝則。早稲田大学英文科を卒業前に兵役に服す。除隊後、家業の沖仲仕組頭を継ぐ。労働運動に従事し検挙されて転向の後、地元の同人誌に参加。1937年、日中戦争に兵士として従軍中『糞尿譚』が芥川賞を受賞。従軍記『麦と兵隊』『土と兵隊』『花と兵隊』の「兵隊三部作」がベストセラーとなる。太平洋戦争中に報道班員として活躍。戦後は公職追放指定を受け「戦犯作家」とされた。著書に、従軍記『麦と兵隊』、自伝的長編『花と龍』、『革命前後』など多数。1960年死去。

川上澄生 (カワカミスミオ)

1895年横浜生まれ。17歳のとき木下杢太郎著『和泉屋染物店』の口絵を見て木版画制作を始める。22歳でカナダへ渡り4か月過ごした後、アラスカの缶詰工場で働く。1921年栃木県立宇都宮中学校の英語教師となる。1945年北海道疎開。1949年栃木県立宇都宮女子高等学校の講師となる。南蛮と文明開化をテーマとした作品の制作を続けた。1972年死去。