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10?新版大岡政談?の連載はじまる 「丹下左膳」のシリーズは、「乾け ん雲うん坤こん竜りゅうの巻」「こけ猿の巻」「濡れ燕の巻」「日光の巻」の四巻から成る林不忘の伝奇小説である。「乾雲坤竜の巻」は当初「新版大岡政談・鈴川源十郎の巻」との表題で、昭和二年(一九二七)一〇月一五日から翌年五月三一日まで一九七回に渡って大阪毎日新聞の夕刊に連載された。 林不忘が創造した虚構のヒーロー・丹下左膳は最初「新版大岡政談」に登場するあくまで脇役のひとりにしか過ぎず、初めて登場したのも第三回目であった。しかし連載が進むにつれて左膳の人気が急上昇し、主役を食って読者の圧倒的支持を得るに至った。 妖刀「濡れ燕」で非情に斬りまくる謎の怪剣士・丹下左膳は、従来のヒーローには見られなかった異彩を放つ存在である。初登場の際、左膳は、「枯木のような、恐しく痩せて背の高い浪人姿が立っている。赤茶けた髪を大おお髻たぶさに取上げて、左眼はうつろに窪み、残りの、皮肉に笑っている細い右眼から口尻へ、右の頬に、溝のように深い一線の刀痕が眼立つ」と説明された。さらに、左膳には右手がない。 また、左膳の着物についての説明は、当初「裾に女物の下着がちらちらする」としかなく、とりあえず富弥はグレーの着物で描き、裾から女物の長襦袢をのぞかせた。左膳登場四回目、連載第九回目に「黒七子の裾から襟下へ」との記述が初めてなされるが、次に左膳が登場した第二〇回目は昼寝をする左膳を描いて着物は描かず、次の第三四回目もグレーで描いた。そして第四〇回目、左膳登場七回目にして、富弥は初めて黒襟をかけた白紋付の着流しを着せたのだった。 この実際にはない装束「黒襟をかけた白紋付の着流し」は、富弥が考案したもので、特異なキャラクターの左膳に何か面白い工夫をしたいという考えから生まれたものだった。 富弥は「林不忘さんの『大岡政談』を頼まれた時、編集の方が『これは映画になりますよ』と言うんです。だからひとひねり工夫をしろとね。それで本文には黒の紋付と書かれていた衣裳を、黒襟つきの白い着物に変えて、ぐっと派手にした。これがまあ当ったんでしょうな」と後に回想している。 着流しには、六角形の中に横線を二本引いた一つ独楽の紋がついているが、これも富弥の創意によるものだった。丹下左膳の視覚イメージはこの富弥の挿絵によって決定されたのである。不忘も気に入り、富弥の挿絵に合わせて本文を変えたという。 丹下左膳は、大衆文学の代表的なヒーローの一人である。中里介山「大菩薩峠」の机龍之介と林不忘「新版大岡政談」の丹下左膳は、ニヒル剣士の双璧といわれており、特に丹下左膳は、読者に強い衝撃を与え圧倒的な人気を集めた。それは林不忘が奇怪な丹下左膳の創造に成功し、非情なニヒリスト・左膳が絶大な存在感を放ったからである。さらに富弥が描く冷酷で凄みのある虚無的な殺人鬼・左膳の躍動感のある挿絵の魅力によって、左膳は強烈なインパクトを人々に与え人気を高めた。