|
*刊行によせて*
『金枝篇』の著者ジェイムズ・ジョージ・フレイザー(James George Frazer, 1854-1941)は、スコットランドの裕福な家庭に生まれ、グラスゴー大学とケンブリッジ大学に学び、1907年にはリヴァプール大学に教授として迎えられます。その後トリニティ・カレッジのフェローとなり、その間彼は、イギリス人類学の父と称えられるエドワード・タイラーの著作に接するなど、本格的に民族学や民俗学、宗教学や神話学を研究し、その成果が『金枝篇』として結実します。
『金枝篇』の原著は、890年に二巻本の初版、1900年に三巻本の第二版、そして1911〜15年にかけて全十二巻になる第三版が刊行され、1936年には第三版に余論が加わり全13巻の大作となりました。また著者自身がより広範な読者に向けて、大幅に資料を割愛し編集した「簡約版」が1922年に出版されています。わが国における翻訳でよく知られている岩波文庫版『金枝篇』全5巻はこの「簡約版」の翻訳で、また二巻本の初版の翻訳もちくま学芸文庫より出版されています。
翻訳者の神成利男氏は、1917年秋田県に生まれ、大蔵省勤務を経て1970年、アイヌの里として知られる二風谷に定住しました。アイヌ文化の研究を通じて金田一京助氏と交友があり、自らはイザベラ・エル・バード著『日本の知られざる辺境』の北海道編を「コタン探訪記」として、1977年に北海道出版企画センターから翻訳出版しています。1960年代後半から『金枝篇』第三版の翻訳を始め、1991年に死去する直前に、翻訳を完成させました。その後、1992年5月、雑誌『状況と主体』(谷沢書房)第一九七号より同翻訳の連載が開始し、全7部中第4部の連載途中に同誌の廃刊を迎えました。今回の完訳版は神成氏の遺稿を元に、東京電機大学教授(哲学専攻)の石塚正英氏の監修を受け、出版の運びとなりました。
フィールド・ワークに基づかないフレイザーの研究は、批判の対象にもなりました。しかし二十世紀の人類学、民俗学、宗教学のみならず、T・S・エリオットの詩作やフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』などにまで、このフレイザー畢生の書がもたらした影響は計り知れません。意義深い研究書としてだけではなく、「黄金の枝」をめぐる壮大な物語、「祭司殺し」の謎を解くミステリーとしても楽しめるこの書の新しい魅力が多くの読者の方に伝わることを願ってやみません。
|